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2010年 08月 31日
たくさんの方に御支援いただき、新久喜市においても議会の仕事をさせていただいています。 新久喜市は新しい自治体です。新しい方式が議論されていくように努力していきたいと決意も新たにしています。これからもよろしくお願いします。 また、議会広報発行委員会委員長も仰せつかり、新しい議会だよりの編集に携わっています。 「久喜市議会だより」も合わせてご覧いただきたいと思います。 みなさまに新市の議会に関心を持っていただけるよう、情報を発信して行きたいと思います。 新市議会では「文教常任委員会」と「算常任委員会」に所属 久喜市議会には「総務財政市民常任委員会」「環境建設水道常任委員会」「福祉健康常任委員会」「文教常任委員会」の4つの委員会の中からひとつと、「予算常任委員会」「決算常任委員会」のどちらかに所属します(議長、監査を除く)。 また、隣接する中・小規模な市町村が消防・ゴミ処理・火葬場等の運営を行なうために設けている一部事務組合の組合議会議員になり、「広域利根斎場組合議員」としてメモリアル利根の運営に携わっています。 *一部事務組合とは、複数の普通地方公共団体や特別区が、行政サービスの一部を共同で行うことを目的として設置する組織で、地方自治法284条2項により設けられます。 会派は 「飛翔」 に所属 久喜市議会の会派構成は、 飛翔(17名) 政策会議(7名) 公明(5名) 共産(4名) 無会派(1名) となっています。私は、飛翔 に所属しています。 「飛翔」は旧町出身議員の集まりに旧久喜からも合流があり、結果的に大所帯となりました。 唯一、旧1市3町の議員が揃っており、それぞれの課題や事情を解説しあったりしています。 合併直後の議会で、それぞれ分からないことを補い合いながら議会活動ができる「飛翔」は個人の能力以上に力を発揮できるのではないかと思います。 また旧市町のどこかが置いていかれることもないのではないでしょうか。 人数が多い会派なので、会派運営上は戸惑うこともありましたが、6月定例会を終え軌道にのってきました。(私は会派の事務局のひとりです) 自民党・民主党・みんなの党の議員が一緒なことに批判の声もあるようですが、私は地方議会にイデオロギーは不要と考えています。 中央の政党対立ではなく、それぞれが持ち寄るものが会派の力になり、久喜市の為になればよいのではないかと思っています。 (会派の広報を9月に発行予定です) <9月定例会は9月2日開会です 是非、傍聴においでください どうなるの? 学校選択制 旧鷲宮、旧栗橋では小中学校の通学区弾力化(学校選択制)を行ってきました。 この地域では2011年4月入学まで引き続き実施されます。 久喜地区や菖蒲地区では選択制は取っておらず、新久喜市内での学区制度が様々となっていることから、教育委員会では8月ごろに内部の研究会で検討を進め、その後に小中学校学区等審議会を設置して2月ごろまでに結論を出すとしています。 議会の文教委員会は「小中学校の学区の弾力化・学校選択制」について議会後に継続調査とすることとなり、7月20日に教育委員会の説明による現状把握を行い、8月10日に各委員が意見を出し合いました。 学校選択制の他にも、新久喜市内で統一されていない給食の方式、二学期・三学期制なども、今後、検討されていくことになります。 全国で行方不明高齢者が続出していますが… 久喜市には100歳以上の高齢者が26人いらっしゃいます。 10名は施設入居者で所在がはっきりしています。 残りの16名の方については「後期高齢者医療制度」のレセプトで所在が確認されています。 (投薬だけの利用ならわからないじゃないか…という突っ込みもあったようですが、皆さんみな診察も受けていらっしゃいます) 旧市町において、祝い金を職員や民生員が手渡ししていたなど、ちゃんと触れ合っていました。 しかし、年金の不正受給が疑われる事例もあるようです。これから先も「そんな事は起こらない」とは限りません。今回のような件を、どのように受け止め、今後に活かして行くのか課題です。 2010年 08月 30日
行った・見た・考えた @かず子 正直申しまして他地域のことは、まだまだ分からないことばかり。 しかし会派で、6月1日に鷲宮・栗橋地区の、22日に久喜・菖蒲地区の市内視察を行い、その短い時間の中でも、それぞれの地域の文化や歴史や自然に触れて「いい所だなぁ」と思うことしばしば。 「合併したことによって、これみんな市内になったんだ」と実感。 総合病院を2つも有し、東北道と圏央道が走る新久喜市には新たな可能性も感じます。 分からないことがあっても、教えてくれる人もいる。 「調べる・見つける喜び」と考えれば楽しい。 合併して5ヶ月余、地域が広がり、新しい出会いがあり、新たな視点、見えてきた地平があります。そこから良いものを生み出して、新しい久喜市のこれからに活かしていきたいと思います。 新久喜市は新しい自治体です。 合併協議で「新市で決める」としてきたことを、これから本格的に議論していきますが、私は「どこかのまちのやり方に合わせる」のではなく「新しいまちに合ったものを作る」のだと考えています。 私たち一人ひとりが「新しい自治体をつくるぞ!」という気持ちが、より暮らしやすい「新久喜市」をつくり上げるのだと信じて、これから活動して参ります。 2010年 04月 26日
応援してくださった皆さんのおかげで、新しい久喜市でも議員として働くことになりました。 付託に応え、これまで以上に一生懸命活動して行きたいと思います。 2010年 04月 16日
新久喜市の市議会選挙は 4月18日(日)告示 4月25日(日)投票 前回の鷲宮町の議会議員選挙の投票率は43.84% みんな選挙に行こう! 目標は投票率60%以上 議会構成しだいで、新市の将来は大きく変わります。 あなたの投票が新市の未来を決めるのです。 この地域の住民代表を新市の議会に!!! 2004年の3月議会から、この3月議会まで6年間25回、一度も欠かさず議会で、さまざまな問題提起や住民の声を「一般質問」という形で届けてきました。私の提案が事業化されたもの、事業が改善されたもの、道半ばのもの、結果はさまざまでした。 ここで私が質問してきたことの多くは、「子育て支援」「教育」「放課後対策」「防災」「協働」でした。この町で暮らす多くの子育て世代の視線で行ってきたものです。質問の目的のひとつは、これらの問題解決を図りながら多くの町民、特に子育て中の若いママたちに町議会を町政を、身近に感じてもらいたいという事でした。その近道として傍聴を呼びかけましたが、傍聴に来てくれた多くのママたちが、議会でいろいろな事を感じてくれたことは、とてもうれしいことでした。 関心がなくても、生活のどこかで必ず接点があるのが政治です。政治がどのように動き、どのように生活に影響を与えているか、みなさんに知って頂くことが、私たち議員一人一人が努力すべき仕事のひとつなのだと思っています。私という存在で、町政を身近に感じてくれた人が少しでも増えていたら幸せです。 私は、5歳の時に鷲宮団地に入居し、父はこの町を「新しいふるさと」にすることに決め、私の実家は葛梅になり、北海道からお墓まで引っ越してきました。今、父は自分で持ってきた墓で親兄弟と一緒に眠っています。私も、桜田でおばあちゃんになるでしょう。 昭和45年、鷲宮町の人口は9000人でした。今、3万7000人が暮らしています。そして、新久喜市となり15万7000人の暮す町になりました。 私と同じ様に、この町を自分たち家族の「新しいふるさと」として暮らしはじめた人がたくさんいます。もともとこの町に生まれ育った人よりも、よそから引っ越してきた人の方が多い町ですが、最近は親とともにこの町にやってきて大きくなった子どもが、この町で世帯を持つ年齢になっています。そして、ここで生まれ育つ子どもたちも増えています。 この町で生まれ、大きくなっていく子どもたちと、これからもずっとこの町で暮らしていく新旧の家族たち。そんな私たちのために、私たちの力で、この町がもっと住みよい町になったらよいという思いで、私は議会活動を行い、合併を推進してきました。 新久喜市が希望あふれる新しい町になっていくことを強く願っています。 6年間、ご支援頂きましたことに心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。これからも、この町の未来の為に力を合わせていきましょう。 2010年 03月 23日
とうとう久喜市になりました。 今朝、新聞を読みながら飲んだ紅茶の味も、洗濯機を回す回数もなんにも変わらない。 それもそうだ、物事は「チャンネルを変えるようには変わらない」と40年以上生きていると知っている。 先日、小学校を卒業した息子も、まったく中学生になる気配もないが、彼も少しずつ中学生になっていくのだろうな…。上の娘たちがそうだった様に。 毎日毎日「今」を積み重ねている。 「今」はすぐに「過去」に、「未来」はすぐに「今」に。動いていないように見えても確実に動いている。 生きているとは、そういうことなのだと私は思っている。 「変わらないものなんてない」 どんなに伝統として守ってきた物であったとしても、そこには月日の流れによる「物質的な劣化」は避けては通れない。 伝統を守りながら、忠実に再現しながら、守られている。「ずっと同じ」な訳ではないんだ。 人も、生きている限り変化し続けている。 私たちは止まっているように見えても、間違いなく進んでいるんだ。 世の中も、動きを止めない。 鉄道が主な交通手段だった55年前に、鷲宮(わしのみや)町と桜田村(一部を除く)が合併して鷲宮町が誕生した。 55年経った今は、一家に2台3台と車をもつ家も増え、道路網も整備された。車でほんの20分で菖蒲のショッピングモールまで買い物にいける。栗橋の総合病院に通院する人もたくさんいる。列車の本数も比べ物にならないほど増えた。隣の町が近くなった。 そんな中、久喜市、菖蒲町、栗橋町、鷲宮町が合併して新「久喜市」が誕生したのだ。 今日は何も変わらない様な気がしても、何日かして振り返ると、小さな変化が積み重なってるに違いない。(現に住所は変わってる) 合併し違う町になったのだから変わらないはずはない、むしろ大きく変わることも多いはず。 そして、この町の未来は私たち住民が決める。 そう、「誰かがどこかで決めている」なんてことにしてはいけないと思う。 出来るだけ変えないで、残して行きたい伝統や文化。地域の特徴。 でも、より暮らしやすくなるように、積極的に変えて行きたいこと。 それらにバランスよく取り組んで行けたら、きっと今よりいい町になる。 私は、そう信じています。 |
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